このページの画像はすべて竹田津実氏の撮影によるものです。

Fig.1エゾシロチョウ

Fig.2 鮭の群生

Fig.3 トド

Fig.4 40年近く追いかけている

Fig.5 診察風景

Fig.6 固まらず飛んでしまう土

Fig.7 土が飛んだジャガイモ畑

Fig.8 成長を止めるためにわざと枯らす

Fig.9 二つの川の合流点

Fig.10 ふん尿処理場

Fig.11 バクテリアに分解された水

Fig.12 見学コースになっている
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VOICE OF DESIGN Vol.8-1 2002年7月
特集JDフォーラム:水とデザイン−2
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基調講演
自然界からの警告
竹田津 実 写真家・エッセイスト・獣医
日本人は自然と関係なく生きている
ごく普通の臨床獣医です。牛と馬と豚を担当して、それに野生動物というわけのわからんものをやっているところが、他の獣医さんと少し違うかもしれません。住いは北海道の小清水町、一番東のはずれで太陽が一番先に上がるところです。
小清水町は1万ヘクタールの大きい面積の耕地を持つ町で農業が盛んです。私たちのやっていることは、思想ではなくて作業です。ですから作業の報告をするしかないと思っております。
本日与えられたテーマですが、きっとそれほど自然界は警告をしていないと思います。ただ一点だけ、日本人は今日と明日とあさってと続いていく小さな変化には反応を示さなくて、10年経つとその落差に仰天し、仰天したことにもまた慣れていくという生物的特徴があるように思います。そういう点では、大変深刻な問題がありますが、日本人全体からいえばほとんど何も感じないで終わるのだろうと思います。
3千haという広大な渡良瀬遊水池のデータで、排水の出口、遊水池の入口でカドミウムを測定した報告書があります。排水口からどのくらいの範囲が汚染されていくかを調査して「今年は34cm」「今年は44cm」と、決して1mを越えないのが十何年続くわけです。
ある年にいきなり17kmという数字が出てきます。年ごとには少ない変化が、自然界が持ちこたえられなくなると、突然一年で17kmという広大なところが汚染される。生態系を調査しているグループは、これを臨界点と呼んでいます。自然界の主な修復作業としてバクテリアがいい仕事をしていたのが、堪えきれず臨界点を越えると自然界は修復能力がなくなるのです。その臨界点を越えますと、もう手の打ちようがない拡がりを示して、行政があわてたという報告書があるわけです。
自然界の臨界点がいつかは、実は我々にはわからないのです。明日かもしれないし100年後かもしれない、そこに我々は思いをいたさなきゃいけないと思うのです。
日本人は小さな変化に無頓着です。たとえば昔の農作業では、カッコウが鳴くと「じゃあ、今日はあずきを蒔きましょう」とやっていた。現代は農業暦があって、積算温度がこうなればあずきの種を蒔く、というわけです。カッコウが少なくなっても誰も気づかない。気づくのは農家のおばあさんかおじいさんです。それが話題になるとみんな「そういえばカッコウが少なくなったね」といって終わりです。次の年にカッコウがこなくなっても「そういえばこなくなったね」で終わりです。日本は豊かな自然がありながら、人々は自然とは一切関係ない世界で生きているというすごい世界です。その中でかろうじて農業に、近代科学をどんどん駆使してもまだお天道様が決めるところが結構ある。かろうじて自然とうまい折り合いをつける産業として農業があるわけです。今日は農業の現場にいて日頃考えたり、作業していることをお話して、自分の責任を終わりたいと思います。
チョウチョを「ボーン」という
私が住んでいる小清水町は1万ヘクタールあって農家が430戸ぐらい、平均22ヘクタールの土地を持っております。
Fig.1はエゾシロチョウという大型のチョウチョです。だいたい10万匹羽化するんですがこれは見事です。朝の光を浴びて一斉に飛び立つものだからボーンという音がします。子供達を朝早く起こして連れて行くとこれをみて、このチョウチョのことをボーンっていういいかたをします。
Fig.2の点々に黒いのは全部鮭です。昔は鮭がずいぶん上がったけど、今は上がらないというのは嘘ですね。河口で捕っちゃうから上がらないだけです。これを写真に撮ってから、鮭は金を出して買うもんじゃないと思いました。
Fig.3は猿払村の対岸に、岸から300m沖合の小さな岩礁にいるトドです。大きいのは1頭で1トンあります。飛行機で調査したところこの岩に426頭いた。この写真をみせると、ほとんどの人がアラスカで撮ったんですかといいます。
かくのごとく北海道は自然の豊かさを残しているところに、産業が同居しているのが特徴です。ですから産業のありようが、そのまま自然にある種の制約になったり負荷をかけたりするのがよくみえます。小清水町は一軒の農地の平均が22ヘクタールですからたいへん大きい面積を持っているわけです。したがってあれこれつくっていたら労働力が足りませんから単純なものしかつくりません。小麦と馬鈴薯とビートの畑作3品をつくるモノカルチャーの世界です。
もう一つの顔で、40年近くきつねをやっています(Fig.4)。きつねは本当に長くて、時々何年かにいっぺん世界的な会議に参加すると「まだやっているんですか」とみんなから言われます。
ごく普通の一般診療としては家畜をやっています。ある時子供が鳶をもってきて、預かって治療して、結局うまくいかなかったんですが、その時に子供たちと一緒にいろんな生活をして、こんな世界もあっていいんじゃなかろうかと思い受けるようにした。受けるようにしたら、北海道の東側半分から集まるようになって、多い年は300頭くらい集まるんです。入院させるわけですからうちの診療所もパンクしまして、私費で山のなかにリハビリを兼ねたセンターをつくりました。
野生動物というのは無主物です。誰のものでもないから捕って食っちゃってもいいだろうと思うものですから、政府は3種類の法律をかけて保護をしています。しかし基本的には無主物ですから、誰もお金を持ってこない。我が家に無主物を持ってくる人が「お願いします」といって帰るときの後ろ姿を見ると、その人の肩が『なんて私は今日いいことをしたんだ』って踊ってるんですね。その日から我が家は地獄が始まるんです。こういう落差のなかで生活していますが、ともかく我が家としては大変深刻な次々と問題を醸し出しています。
Fig.5は診療風景です。たぬきが交通事故に遭い親はもうだめで、見たら子供がまだ生きている。子供を帝王切開で出して育て上げた時の記録の一部です。
深刻な農薬の問題
我々は入ってくる動物の稟告を聴くという作業をやっています。動物は我々と共通の言葉を持っていませんから、拾った場所の環境や、血液検査の結果などあらゆるものを総合して、なにが原因なのかを書いて記録します。そのなかで見過ごせないものが徐々に増えてきました。その一つが農薬です。食物連鎖の上の方におるやつが農薬の重篤な中毒患者になっているという深刻な問題がでてきました。
もう一つは、山へ返す作業です。家に置くわけにいかないですから、一日も早く返すためにいろんな努力をします。野外に返したらその日から食っていけるように、野外のものを食べさせます。たとえばカワセミが入ると、うちのかみさんと二人で胴長をはいて網を持って魚取りをやるんです。虫を食べる患者が入院すると昆虫採集を始める、入院患者によって我々の職業が替わっていくようなものです。
ところが驚いたことに野外の餌がないことに気づくんです。畑のへりで網を振っていると「先生、なにやってるの」と農家の人がきくから、「動物のために虫を捕っているんだ」といったら、「虫なんかいないでしょう」というんです。本当に虫がいない。畑のへりに虫がいないのをどう見るか。農家にしてみりゃOKだというんです。だって虫がおったら困るわけですから。しかし、我々からいうと、虫すら住めない環境のなかで食べ物がつくられている現実は日本中にあるわけでかなり深刻です。特に我々は小さい動物をたくさん見てますから・・・。小さい動物は農薬に対して弱いのです。
人間は、特に日本人は一つの生体として、自分たちが安全ならばいいという気持ちがあるんですけれども、生物学的にいうと赤ちゃんはどうなのか。受胎して間もない細胞分裂がどんどん腹の中で行われている胎児はどうなのかと我々は考えるわけです。胎児はグラム単位です。農薬の量が全く心配ないとはいえない。だから小さい虫が死んでいくのと同じように、腹の中の赤ちゃんたちもその影響を受けない保証はあるのか。それで若い農業者たちと勉強会をやって、なんとか農薬を少なくしようという話を何回もするわけです。
それと同時に一つの現象がでてきた。
ちょっと風が吹くと、Fig.6のように土が飛ぶ。団粒構造といって土が固まらないんです。なぜかというと土壌菌というバクテリアの数が急速に少なくなると、土と土のお互いの分子がバクテリアの分泌物で固まることができなくなるのです。Fig.7はジャガイモを蒔いたんじゃありません。ジャガイモをこのように植えて、その上に14cmぐらい土をかけた後に、風が吹くと表土が飛ぶという現象がごく普通にでてきたのです。
それと同時に方々でいろんな問題が出てきました。風蓮湖という湖は道東で根室のちょっと北にあり、別海町と根室市にわたるものすごくきれいな湖です。ところが気水湖では日本で一番水質の汚い湖です。3位が網走湖です。気水湖のなかで第1位と第3位が、道東のものすごく風景のいいところにあるのはなんなのよとなってきたんですね。風景的にはきれいだといいながら、質的には深刻な問題をかかえつつあることがわかってきました。それを突き詰めていくと農薬なんです。
原因の一つは消費者との関係です。
Fig.8二つの作物は全く同じジャガイモですが、片方は枯らしています。都市の人はジャガイモは大きいのも小さいのも嫌で、中くらいじゃないと嫌だという人が多いですね。そうすると流通業者はすぐ反応して、農業者は中くらいになったところで全部枯らすんです。枯らす薬剤が一番問題で、これは川に流出すると川底が丸裸になるんです。消費者の微妙な反応で農民が過剰に反応するんです。
もう一つは冬になってふん尿をまく。夏の間にまくと枯れるからです。昔は夏にまいたし、まいても心配のない量だった。今は頭数が多過ぎて牛舎の中でふん尿が熟す間がない。バクテリアの分解が充分ではなく熟していないために、まくとまだ尿素やアンモニアが残っていて枯れてしまう。だから作物のない冬にまく。冬の北海道の大地は私の町で80cmの凍土になります。このときにまいてもふん尿は地下浸透しない。春までこのままの状態で、春先にもういっぺんまきますから年に2回まくんです。
川、水はその流域の環境の物語
Fig.9は畑や山からでた二本の川の合流点を上から見たものです。山からでてきた水は本当にきれいです。畑からでてきたのはこう。要するに川というのは畑の語り部ですね。川、水はその流域の環境を物語るというのがこれで明確にわかる。凍土にまいたふん尿は春先にみんな川にでてしまう。河川と湖と海に拡がり、それが深刻な問題になっている。
数字を調べました。これは平成10年度の北海道庁の発表で、家畜のふんをどう処理しているか。牛では43%、豚では44%が利用されてない。利用されないのは行方不明というのが道庁の発表です。行方不明というのはなんですかって聞いたらどこへいったかわからんということです。
次は尿です。尿は牛ではだいたい54%、豚では70%が利用されないで捨てられている。この量たるや年間2千万tですから、その半分年間1千万トンは環境の中へ捨てられているという深刻な問題があるのです。
道東の河川はどんどん悪くなっている、一番鮭が捕れている西別、床丹川も北海道の水質基準を超えていて問題のある状態になっている。
それで若い農家の人たちと農薬を少なくしよう、こういうものを捨てないようにしようと何回も勉強会をやりましたがうまくいきませんでした。なぜかというとこれは正義だからです。僕は長いこと田舎に住んでいて、正義が役に立ったという話はきいたことがありません。正義というのは食っていけないんですね。それで代替の技術を導入しようという作業に入ったのです。その技術があったのが内水護博士のところです。
彼は、アフリカのカバがおるようなところでも、夜、カバがいなくなってから朝までのわずか10時間ぐらいの間に、どろどろの水がきれいになるところに目をつけ、自然界には実にうまい浄化システムがあるはずだと考えて、それを自然浄化法リアクターシステムという彼独自の理論に固めたのです。これは多様な土壌菌群をレベルアップし、有機物が大好きな菌の集団としそれが汚れを一瞬に全部とるという素晴らしいものです。我々はこの技術を採用しました。
小清水町に6トンを持ってきました。牛の小便をお金を掛けて持ってくるばかがおるかってずいぶん怒られました。それを倍々式で増やし地元の菌をレベルアップしました。竹田津先生を応援しようといって、農協と小清水町が100万円ずつお金を用意してくれて、300頭の牛のところで一つのシステムをつくりました(
Fig.10)。これは3週間で尿を処理するというシステムで、あらゆるものが全部バクテリアに分解されて、Fig.11になると申し訳ないですけど東京都の水道水よりずっときれいです。コップにいれてみんなで乾杯して飲んだくらいです。
土壌菌、バクテリアは有機物が餌ですからそれを糞という有機物にかけ、成熟をはやくするシステムをとりました。従来1年7ヶ月かかるものが、処理された尿は高度化されたものすごく高いレベルの土壌菌群を持っているものですから、4ヶ月で土と同様になることができていつでも散布できて、牛舎の周辺に大量の堆肥が残らないシステムです。
それでもうちは1万ヘクタールあって、5千頭の牛を全部使っても全面積の17%しかクリアできない。ですから他にいいものを探せと若い人たちに号令をかけたら、ある日持ってきたのがデンプンのデカンタ廃液です。デンプンの主産地ですからデンプンをつくる過程で、ものすごい悪臭の廃液が大量にでる。畑にまくとますます悪臭がひどいので誰もまかない。内緒で、夜、川に少しずつ流しているんです。
6万トンを処理場にして、バクテリアにがんばってもらって処理し、できたものを全部畑にまくという作戦をとりました。これで、全農地の43%を1年でクリアしました。
ちゃんと処理した土壌菌群は、森林地帯の腐葉土と全く同じですから森林浴と同じような状態です。牛にも森林浴をさせようと牛舎にまくと臭いもしなくなるし、ハエも一匹もいなくなります。にわとりに飲ませるとふんも臭いがなくなる。
農業というのは漁業者とものすごく仲が悪いですね。漁協が持っている鮭鱒の孵化場の上流に牧場があって、春先にこの牧場の水がどっとでて、一晩で2千万匹死んだ例がある。「先生、何とかしてくれ」っていうもんだから、漁民に800万円集めさせて、ここにさっきと同じ尿の処理施設をつくりました。今は北海道では漁業者のための見学コースになっています。
自然に対する負荷を少なくするという目的で生まれた技術が、その他の分野でも作業を始めています。
栃木にホンダの茂木ツインリンクというサーキット場の周りに大きい山があって、そこをホンダがなんか使いたいというので子供用のトイレをつくりました。ここは水がぜんぜんないところだからどうするか、今の子供は水洗便所じゃないとうまくいかんちゅうから、自分のおしっことうんことそれから生ゴミをディスポーザーで混ぜて、バクテリアにやって浄化をして、それを水洗便所の中水として使いました。ごく一部に屋根の水、雨水を使う。これで浄化した後ここで魚を飼っています。自分たちの体からでたものがそんなに汚いものじゃない、自分たちそのものが自然なんだということを子供達にしらせる作業をやっています。
今、開発庁が採用した網走湖をきれいにするという作業に参加しています。これは網走湖に入ってくる牛舎からでる汚水を全部カットして、そこにふん尿の処理場をつくった。
Fig.12は今中高生の修学旅行の見学コースになっています。たいていみんな感動するのは第三層の水をなめることです。東京の水よりきれいだよというとみんななめてみるんです。あれが一番印象に残っているといいます。
以上が私たちの作業の報告です。大地の再生作業ともいいますが命の水の生産作業であります。
水は生きもの、大量のバクテリアの産物です
基本的に地球上は、バクテリアのコントロール下にあるんです。だからバクテリアとけんかしても絶対にかなわない。みんなは水をすごく意識しますけど、実は水は土の産物なんです。水というと雨と思うでしょうけど、落ちてきたままでは水じゃないです。みなさんが飲料水という水は実は生き物です。大量のバクテリアの産物です。土を語らずしては水を語ることはできない。日本人は現象だけを語りたがるんですけど、本家本元というものに目を向けないと、結局うまくいかないと思います。バクテリアは長い間地球をコントロールしてきた。そのなかで彼らはなにを獲得したかというと、地球上にあるものは全部自分たちのコントロール下にあるという考え方、彼らの元々の性質がそこで生まれているわけです。
循環型社会をつくらにゃいかんってみんな盛んにいうんですけども、バクテリアがきちんと働いていればつくれるけれど、バクテリアですらお手上げものがある。それは化学物質です。人間がつくりだしたものはかなり深刻です。最終的に我々人類は、自分が作りだした化学物質の自家中毒で滅亡するだろうと思っています。もうすでに人間の子供達にその現象がでていて、あらゆるところで悲鳴をあげているのは一つの現れではないかと思います。
水の本質を語るときに、基本的には土を、バクテリアを無視できない。バクテリアは菌です。菌というと日本人はイコールばい菌です。ばい菌というとみんなしかめっ面する。時々、部屋の中で子供達に「このなかで自然はどこにあるか、自然を見つけましょう」というと、ほとんどの子供はそこら辺にある植木鉢をさして、あれが自然だっていう。違うんですよ、我々そのものが自然なんです。人間の体ほど精巧で、なおかつ複雑な自然はないんです。我々はだいたい7兆個のバクテリアを抱えていて、我々を形作っている細胞の数よりもバクテリアの数の方が多いんです。ということはバクテリアは人間との長い共生関係にあるんです。ばい菌が嫌いなんていう人は生きていけない。
それのいい証拠にアメリカでは、たとえば抗生物質を大量に飲ませた時、子供に大腸菌が入っているカプセルを飲ませるといいます。共生関係にあるべきバクテリアを人間が抗生物質を使って排除するために、本体がもたなくなる、それであわてて補給しているというのが現実です。医学の世界でもそうなっていて、我々はそういう世界にいることをまず考えて、水問題を見直していただければと思います。
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