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VOICE OF DESIGN Vol.7-3 2002年1月
特集:JDフォーラム
「クルマ社会のデザイン[3]−アクティブシニアの移動生活」
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報告1
「高齢者の行動力と自動車」
溝端 光雄 /(財)東京都老人総合研究所人間科学研究系生活環境部門室長
100歳で6人が免許保有者

私も、高齢者の行動力を支えるために、自動車は必要不可欠と思っています。
表1は、縦軸に生存率、横軸に年齢をとり、80年間にわたる生存率曲線の推移を表しています。1900年代は乳幼児の死亡率が高かったが、子供の時に亡くなる人がいなくなり、「PPK」= できるだけピンピンと元気に生きて、最後はコロリと逝きましょうという時代になる。今後は、ますます元気な高齢者が増えると思います。

自動車による行動力維持への貢献を表すデータとして、運転免許保有者数(普通1種免許)に関する全国の統計があります。これは、1989年と1998年の、全年齢と各年齢階層毎の運転免許保有者数、及びその10年間の伸び率を示しています。65歳以上では、89年の段階では約250万人ですが、10年後には636万人となっています。ものすごい増加です。伸び率は2.55倍で、全年齢の伸び率1.22の倍以上です。
10年前と比較した伸び率は、75歳以上2.82倍、85歳以上6.48倍、95歳以上8.88倍、100歳以上では計算不能となり、高い年齢層ほど免許保有者数の伸びが大きい。これは、いつまでも元気で移動したいことを表したデータだと思うし、今の高齢者の自動車をめぐる状況を良く表しています。
様々な老化の断面と運転
一般的に老化を一言で表現するなら「忍び寄る老化」という言い方が良いかも知れません。老化の多様なイメージを認識するために、文学作品を例に考えてみましょう。
まず、「老木とて、油断めさるな、かえり花」。この俳句は、江戸時代の医学者、杉田玄白が64歳の時に詠んだもので、元気高齢者のイメージを表すものだと思います。
一方、忍び寄る老化が進んで、元気高齢者の正反対と思われる作品もあります。佐江衆一さんという作家が書かれた、スーパー高齢者の心身状態を分かりやすく表現した文章です。「ヘルパーさん」と「97歳で亡くなられた佐江さんのお父さん」との会話を書き留めたもので、ヘルパーさんが「あれは梅の花、花の梅ですよ」と話しかけても、お父さんには聞き取れていない。さらに大きな声で「う・め・の・は・な」と言うと、お父さんは「ああ、馬の鼻」と。加齢に伴う脳の萎縮が、前頭葉だけでなく聴覚中枢があるとされる側頭葉にまで及んできた状態で、後期高齢者になれば難聴が生じてくるという事例です。
これらは、いずれも老化という進行性の多様な生理現象を示しています。回避できない体の老化と自動車の運転との関わりを、どう考えるべきか。やはり自動車の運転に支障のない「正常老化」に属する運転者と、「病的老化」の状態にまで至った運転者とは区別して対応策を考えるべきではないか。
高齢ドライバーを支える環境の整備を

次の統計グラフは、縦軸に事故率、横軸に年齢階層をとり、年齢階層別の自動車運転免許保有者の事故率を示したものです。10万マイルを1人のドライバ−が走行した時に、何件の交通事故に遭遇したのかを基準化しています。これは、警察から提供を受けた年齢階層別の事故件数を、運転保有者数のデ−タと、私が調査した年齢階層別の年間走行距離のデ−タとで割り算して算出したものです。
このグラフから明らかなことは、70歳以上の事故率は、40歳代の最も小さい事故率に比して3倍程度まで高くなるという現実です。また、男女比を考えれば、これからの70歳以上全体の事故率は、女性の事故率のグラフに近づくように高くなるかも知れません。それは、70歳以上では女性が多くなるからです。例えば、100歳以上の男女比は、今年の全国統計では100歳以上が1万2000人、そのなかで男性はわずか1900人です。若い階層では殆どの男女が免許を持っていますので、全体の事故率曲線は男女の中間となりますが、後期高齢層になれば女性の寿命の方が男性よりも6〜8年ほど長いという性差があります。要するに、高齢者の自動車運転は決して安全とは言えないということです。
しかし、これからは自立した生活を支える自動車の恩恵を受けた高齢者が多数を占めるようになります。この点と、自動車メーカーが生き残りをかけて環境対策車を開発するであろうことを考えると、自動車運転を断念する高齢者が多数を構成するとは考えにくい。
ですから、これからは高齢運転者の安全運転を支える各種の対策を中心に考えるべき。しかし、それと同時に、早晩、運転を断念しなければならなくなる高齢者向けの交通対策も、昨年成立した交通バリアフリー法の展開と絡めて進める必要がある。先ほども申し上げたように、ある年齢から老化が急進するわけではありませんので、同時並行的に運転支援対策と運転断念対策の両方に取り組まざるを得ない。特に、デザイン関係者には、前者の対策面をお考え頂けたらと思います。
例えば、物的な環境の改善による運転支援対策の1つとして、道路案内標識について考えてみましょう。普通の道路(高速道路以外の一般道で、設計速度が50km/h未満の道路)に設置されている案内標識は、地名漢字の文字高は20cmが標準で、その下に表示されているアルファベットの文字高は10cmです。この標識の地名漢字の判読機能が、加齢とともに生じる視機能減退の影響をどの程度受けているのかは、今までよく分かっていなかったのです。そこで、私どもと国土交通省の研究所とが共同で計測実験を行いました。被験者は日頃から運転している老若です。3車線の試験走路の直線部分の中間に異なる4地名を表示した標識を設置(設置高は標識版の下端から路面まで5.5m)し、標識からどの程度の距離で地名判読が完了するかを計測しました。
測定方法
1. 地名と走行速度は発車前に教示しておく。
2. 3車線の中央車線上から発進。地名を判読できたと思う時点で、その方向への車線変更。
3. 車の軌跡をスタート地点から標識直下までビデオで記録。
4. 被験者(ドライバー)は地名判読できたと思った瞬間に合図し、同乗者がカメラのフラッシュを焚く。
そして、これらの映像を解析しました。速度は、昼間の実験で3種類、夜間の実験では2種類、地名漢字は記憶の影響を除くため、各試行毎に変更します。以上の実験結果を整理したものが表4です。昼間は、若い人なら標識から概ね120mくらい手前で判読が完了します。70歳代では60m前後まで近づいてようやく判読が完了し、その距離は20〜30歳代の半分程度です。夜間も、同様に傾向が窺われ、標識から10〜20mの地点、つまりクルマの運転席に座った状態でウィンドウシールドから見上げるような位置まで標識に近づかないと地名の判読が完了していません。

この原因は、簡単に言えば加齢に伴う視力の低下ですが、多様な視機能という点から言うと、実は、この実験時に停止状態で同じ地名漢字を、照度や文字サイズを替えながら視認した結果では、老若差は殆ど出ませんでした。ところが、走行状態での判読距離には昼間でも倍の差が生じている。これをどう解釈するか。焦点調節能力、水晶体の厚みは毛様体で調節しています。その厚みを変える速さに加齢の影響が大きいのではないか。走っている場合では、視標との距離が変化するため、その調節が上手くできないのではないかと考えます。夜間では、水晶体の濁りの影響も加わり、さらに判読距離が縮小すると思われる。後期高齢の被験者をランダムに選定した私どもの実験調査では、白内障の発症率は3〜4割(眼科に通院している高齢患者では9割が白内障というデータもある)、また診断を受けても手術を受ける割合は1割強に過ぎないことを考えれば、水晶体の濁りが高齢運転者の判読距離の結果に大きく影響していると考えられる。
道路案内標識の文字サイズや標識照明等の見直しは、高齢運転者の支援対策の1つになると思います。また、夜間の運転に不安を感じる高齢者は控えるべきで、夜間視力等の適性検査でその傾向が顕著な方には、昼間運転だけを認めるような限定免許を考えても良いのかも知れません。
非常に悩ましいことがらも
目の機能の衰えだけなら、道路標識の改善、夜間運転の回避などの対策で、機能低下をある程度までは補償できますが、痴呆症、心筋梗塞など、病的老化と言える病気が生じてきた場合、自動車運転の問題をどう考えるべきなのか、いわば運転断念対策について考えてみます。
今年6月に道路交通法が改正され、103条の運転免許の取り消し条項に、初めて「痴呆」という記述が取り込まれました。しかし、運転が生活の維持や生きがいという部分と関わり、運用は運転者一人一人の事情に配慮して実施すべきだと思います。現在までのところ、痴呆症か否かは解剖しないと確定的な診断は下せないと言われています。お医者さんは「疑わしい」と言うが、その時点で運転まで止めてもらうことが、事実上可能なのかという悩ましい話があるのです。道交法改正に伴い、運転免許の更新事務を進める必要が出てきますが、その時に痴呆症かどうかの判断を、免許当局はどう処理するのか、恐らく当面は何もしないだろうと思っていますが、他の道路利用者の安全に関わる意味で看過できない問題の1つであり、今後の大きな課題だと思います。
また、痴呆症以外の病気も問題になるはずです。2000年長崎で、動脈瘤の破裂を防ぐ人工血管手術をされた後期高齢者の方が、運転中に動脈瘤が破裂し亡くなられました。その時たまたま横断歩道を歩いていた親子にぶつかり、死亡事故となりました。これが、病的老化という状態となった高齢運転者が引き起こす問題の1つの実像です。
バリアフリー化と新システムづくり
では、どうすれば良いのか、いくつかの対応策が考えられる。1つは物的環境の改善です。具体的には車両の改造と安全で便利な公共交通の整備という対応です。
例えば、同じ方を経年的に追跡して調べる縦断調査という調査法があります。私の勤務する都老研が行った縦断調査の結果によれば、例えば身長は加齢と共に平均で2.5cmぐらい縮むことが知られています。標準偏差を考えれば、もっと縮むはずです。こうした点について、自動車のデザイナーはどこまで認識されているのでしょうか。現在の自動車の運転座席高の調節設定値は、そうした縮みからみて、適正な範囲にあるのでしょうか。量産車として製造される自動車にも、こうした観点からの設定値の見直しが必要ではないでしょうか。
また、痴呆をはじめとする様々な疾患に対するチェック体制づくりをどう行うか。現時点では全然できていません。恐らく、今の運転免許当局が行っている高齢者講習のようなシステムでは事故防止の効果は上がらず、免許当局に医師や家族が関与し、当人の生活環境までを勘案して、運転断念を促すようなシステムが必要になると思います。
さらに、この運転断念システムと連携した形で、自動車に替わる移動手段を確保するという対応が求められる。公共交通のシステムのバリアフリー化も、そうした対応の1つではないかと思います。後から迫田先生が指摘されるアクセシブルなLRTも、その種の対応の1つでしょう。交通需要が少ない地域ではボランティアの運転手による移動サービスを考える必要もあると思います。
まちづくりを変えてゆくという姿勢もあります。今までの自動車利用を前提とした、都心部は働くところ、郊外は住むところ、その間は鉄道なり道路で結ぶというまちづくりの再考も視野に入れて考えるべきではないでしょうか。
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