100人の声

「私は自由!」 超高齢社会のサヴァイヴァル2010:06:04:12:38:15


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  ーー最初に_疑問でいっぱいーー


「超高齢社会」ーーなんてフシギな社会に私たちは生きていくのかしら? そこでは:
 私たちは最後まで 健康に、快適に、美しく、自由に暮していけるのか?
 自分の死ぬ場所を自分で決められるのか? 「うちで死にたい、病院でなく」
 苦しむより安楽死がいい。「自分で選べるのか?」医療機関に勝手に決められるのはイヤ

 自由! 自決権! 人権! 尊厳! 情報公開! 

 これらの言葉が重大な意味を持つ時代に私たちは生きている。

 それを確認した、5/27/2010のJDのフォーラムだった。


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ーーー私たちの置かれた状況を眺めるとーーー

 「人間50年 下天のうちをくらぶれば 夢まぼろしの如くなり・・・・」織田信長が舞った戦国時代は、早死が普通。歴史上の人物は長生きしたから歴史に残った。

 日本人の平均寿命が男女とも50歳台にのったのは、なんと1947年。1920初め(大正10-14)にやっと男女42,43歳という想像もつかない数字。

 UNの平均寿命(平均余命)データ(12/2009)を見ると、アフガニスタンは男女共44歳!アフリカの貧しい国は飢餓、エイズ、その他で短命。ジンバブエ43、44歳、ザンビア、スワジランドなども同じぐらい。

 その2倍の寿命をまもなく持つようになる日本。

 「長寿」だって、最後まで元気にイキイキ暮すのでなくちゃ、意味がない。ヨロヨロ長寿、ヨロボイ老人には、誰だってなりたくない。それとも「長寿」(コトブキ!)は前者、ただ長く生きるのは「長生」?

 そこで問いたいのはーー長寿にみあった社会環境を私たちは持っているかしら? 答えはきびしく言えばノー!だし、中庸をとれば「まあまあ」。そしてBetter life, better worldをのぞむひとは「たくさん改善しなくちゃ」と自分で考え、仲間と話しあい、実行を模索する。

 2010年 5月28、金曜日(週末だ!)宵のJD_VOICE OF DESIGN FORUM、私が円卓で「健康・医文化」に参加したのは、問題と答えを探りたかったから。
  いまはTGIF(Thanks God It's Friday)がTGIT(Thanks God It's Thursday)に、週休3日になろうとしている(ユタ州/USAの公務員や企業の例)時代に、大勢の人が貴重な週末、フォーラムに集まったのはすごい。

 健康・医文化の円卓は、コーディネイターの阿久津靖子さんのガイダンスが、Appleのラップトップで見せるデータもあって、示唆にとみ、ディスカッションは楽しく活発にすすんだ。
 このテーブルの特徴は、参加者の多くが、親の入院と病院での死に出逢っていること、あるいは自分自身の救急入院の経験から、いまの医療組織と個人情報保護の欠陥への疑問を抱いていること。つまり超高齢社会を愉快に生き抜くには、自分たちで改革する必要をつよく感じていることだ。
 基本は自分をつよく持つこと。医師や病院に対する自己主張だ。


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←会場の一部
男女入り交じって盛況


栄久庵憲司さんのグリーンの
クルマ椅子に注意
最初の写真にも写っている

ステッキとお揃いのグリーン




 栄久庵憲司さんが私たちの円卓で言ったように、「知行合一」(知ったことは実行する)(王陽明「真に知ることは必ず実行を伴う」)を求めるひとたちの集まりだと思った。


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女性6男性4の健康・医文化の円卓


 日本の医療は進んでいるようだけど、入院患者(主に高齢者)が出会う難関は、3ヶ月で病院をおいだされること! 意外と、お金もかかる、個室(これしか選択がないと高い!)、食事(病院食は概して美味でも美的でもない、カロリー計算のつじつまあわせ?)etc.

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有名病院の相部屋 6ベッド

カーテン締め切りで息苦しい

外国風に相部屋でも仕切りは開けてオープンにすると快適では?

日本人は<ほどよいつきあい>がヘタだから 閉め切る?


 医療費がすべて無料の国はうらやましい!ーーイギリスの平均寿命は男性77歳、女性82歳。フランスは78歳、85歳(赤ワインがいいのかな?)。カナダ、78歳、83歳。カリブ海の島国キューバ77歳、81歳。 発展途上国でこれは病気について、思い煩わなくていい社会システムのおかげ!? (* 上はUN data 12/2009 日本 ♂79歳 ♀86歳)

 パリに住む私の友達は、15年以上まえ、脳神経外科の手術を受け、退院後はシャトウを改造した療養所で2週間過ごし、すべて無料のサーヴィスでハッピーだった。

 日本の国民皆保険に惑わされるな! もっと安心のいく国があるのだから。Michel Moore SiCko(「シコー」と尻上がりに発音する_morally and mentally illの意味、シッコではない!)の映画を見れば、上の国々の福祉が目と耳でわかる。税金が高い? ノー! 食料品と文化費(本、劇場、ミュージアム)は5.5% 日本並み。



<SiCko>
Michel Moore 監督 2007カンヌ国政映画祭 招待上映


Michel Moore 監督 2007カンヌ国政映画祭 招待上映
会場の様子



カンヌの会場はstanding ovation

アメリカではドキュメンタリー映画で史上第2位の動員だったという






 いま病院で死ぬひとは80%、自宅で死ねる人はたった13%(羽田澄子監督「終わりよければすべてよし」2006)しかいない。在宅医療の充実が緊急課題。

 最後に、安楽死の問題もある。日本ではいまのままでは法律上、殺人の罪に問われるから、いちど延命のため患者をチューブでつないだ医師はそれをはずせない。

 参考になるすばらしい本:『毋、美しい老いと死』アンヌ・フィリップ 晶文社 1998
90歳の母親は「私は自由な女」「人の奴隷なんかになりたくない」と施設を飛び出し、田舎の自宅で最後の数ヶ月を1人で自由に暮らす。最後に付き添う娘(著述業)に延命策をとらないと誓わせる。のどが乾くとシャンパンで渇きを癒す。親切な家庭医が彼女の望みをかなえる。眠り薬で安らかに眠りながら旅立つ、理想的な最後。自由独立をわがままととりがちな日本、当然の権利と考えるフランス。終末医療には、<個人の自由>をどうとらえるかの社会環境がかかわっている。

 ほかに以前、感銘を受けた本にイヴァン・イリッチ「脱病院化社会」晶文社1979:下の一行だった。
 「非常な金持ちと、非常に独立心のある人間だけが、自分の人生の終わりが医療化されないことを選択できる」

 この例が、後者は長谷川町子(漫画家_サザエさん)、前者はジャックリーン・オナシス・ケネディ。長谷川町子は、入院したときは延命策をしないと姉妹で約束しあっていたと新聞で読んだ。ジャッキーは、元大統領夫人で資産家、彼女の意思をはばめる人はいない。


ーーー円卓の結びとして、私の得たことはーーー


 1)情報の共有:自分の情報を医療機関に独占させない
自分のデータは自分で持てるよう
医療機関が必要時に即時にデータを共有して患者の治療にあたれること

 2)自分で個人の権利を主張すること、社会も個人の権利を尊重すること 
自己主張を、日本はわがままととるのは大きなまちがい

 3)個人は自分の身体と心の主人であること、生物としての本能を大切にすること
これがすべての基本にある

 4)ジャーナリズムは情報を市民のために常に公開すること
日本のジャーナリズムは、クラブ組織(官庁や政治家の)の悪弊に浸っていて、真実をはっきり書かない。ジャーナリズムも自立しなくちゃ




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