昨夜、健康・医文化の分科会のコーディネータをさせて頂きました阿久津です。内容の範囲も広く、これが環境問題とどうかかわるのかと疑問を持たれたかたも多くいらしたのではないでしょうか?環境問題というと、ついCO2削減、3Rなどと具体的なことに目がいきがちです。しかし、自己免疫力を高め、自分の生と死に常に向き合いながら(とても難しい課題ではありますが)自然にあるがままに生きるというサスティナブルな生き方が21世紀に求めれるのではないかと思い、あえて今回のフォーラムに健康・医文化というセッションをいれて頂きました。
地球上の一つの生命体として人間を捉えたとき、そこには我々はどう生きなければならないのか?どう死と向かい合い、DNAを次の世代に繋げて行くのかという課題に、個々が向き合って行く時代を迎えていることを日々感じております。こうした背景から,健康・そして医の問題をあえて環境問題に繋げて考えて頂きたいと思いました。
人の命を救うという第一義のもとに、発達した高度医療機器を導入するために、病院は設備やインフラ整備を次から次へと行わなければなりません。病院の建物の寿命は30年といわれているそうです。また、高価な医療機器は7年から8年で減価償却され、新しいものとかえられて行きます。また、病院は水・電気などの大量なエネルギーを24時間消費する巨大な建造物です。高度医療を支える病院はサイバー化し、人間の修理工場となり、昼夜、医療従事者たちが尊い命を救うために休むこともなく、働いています。最近、多くの臨床医や看護師の方々との交流をさせて頂いていますが、その一人ひとりは人の命と向き合いながら、一生懸命なのです。人の命ですから、絶対救えるものとは限りません。でも何かが起これば訴えられるケースが多くなっています。彼らは自己防衛のため、多くの検査をし、高齢者にたいしても、外科的手術を行い、命を繋げるものなら様々な処置を行うのです。先端化し、巨大化する医療文明の前で、ほんとの意味での命(QOL)が失われつつあります。そして人の生死をあずかる最前線がもっともサスティナブルというものからかけ離れています。文明化した医療環境において、医療側、患者側ともに経済的にも、精神的にも疲弊しつつあるのではないかと危惧してしまいます。人がどう生きるかという視点が今の先端医療の現場に失われつつあるのではないかと思うのです。
昨日の当分科会の提言は
まず、社会システムの中で人間を生命体と捉え、自分自身のカラダについて責任と権利を
もつこと。自分で治療方法を選択できるよう情報の共有化を図ること。
医療や健康のことを人任せにしないで、自分の人生観と共に受け入れること。
医療に、もっと自然治癒力をあげるような環境をつくり出し、体全体を癒すという医療環境を実現するために社会から空間までをデザインすること
という事になるのかと思います。
日本は健康長寿国です。もちろんそれは国民皆保険制度や医療技術の発達の恩恵によるところが多くありますが、もともとの食生活・四季を感じ、海・山の豊かな環境に育まれた日本文化、たるを知るという思考性などもまた長寿国日本を作り上げてきたのだと思います。
右肩あがりの成長期からのパラダイムシフトするこの時代の流れの中で,世界で一番に超高齢化を迎える日本は裏を返せば,健康長寿国というポジティブな考えに変わります。
健康長寿であることの文化性を世界に発信し、高齢化に向けての新しいシステム開発を世界に先駆けて行って行くことこそ、これからの日本が前向きに生きて行くための知恵だとおもいます。
昨日の分科会では栄久庵会長と犬養さんという二人の大先輩から、現在学生である方までというバラエティにとんだメンバーで構成されていましたが、それぞれがが今の医療や健康の問題についてそれぞれ考えていることに感動し、ここで皆様に出会えましたことを今後の私の活動の糧にさせていたきたいと思います。昨日はつたない進行でありましたが、今後の展開に向けての問題提起の第一歩が踏み出せたのではないかと思います。
ありがとうございました。
コメントする